負ける戦いをしてはならない

負ける戦いをしてはならない

 防衛大学の1年生(1学年と呼ばれます)の時に陸・海・空の研修が計画され、艦艇、航空基地、戦車などの装備品の説明を受けます。

 部隊は特別に配慮して研修を実施します。

 なぜならば、2学年へ進級する時、陸・海・空自衛隊に分かれるための各自衛隊の要員確保の意味合いがあるからです。

 高速で空を自由に飛び回る最新鋭の航空機とそれを操るパイロットを見た学生は、憧れとスマートでカッコいい姿に憧れてしまい航空自衛隊の人気がありました。

 航空自衛隊には、パイロットだけではなく多くの職種があるのですが、その時はパイロットの格好の良さが光っていて、他は心にとどまらなかったような記憶があります。

 海上自衛隊の護衛艦を見学している時でした。

 護衛艦の幹部食堂で全般の説明を聞いた後、艦内の各場所を回りながら研修をおこないます。

 食堂で説明を聞いていると、食事に来た隊員の目にとまるように置いてある言葉が私の心に引っかかりました。

 そこには艦長が全隊員へ行動の基準とするように示した言葉が書かれていました。

 「勝負は全て勝て」でした。戦いや戦闘での勝利についてはわかるのですが、全て勝てとは、強烈でした。

 説明が終わり、艦内を回る段階になる時、近くの隊員の人へ質問をしてみました。

 「艦長の要望事項は、勝負は全て勝てということですが、本当ですか」と聞くと、「そうです。ポーカー、将棋、運動競技全てについて該当します」と返ってきました。

 「勝つ人がいれば負ける人がいるはずですが、そこのところはどうなのでしょうか」と質問をすると、「全員が勝利するという気持を持てということです」と答えが返ってきました。

 まだ腹落ちしないところがあり、質問したかったのですが、艦内研修が始まり機会がありませんでした。

 艦内研修では、艦長室も公開してくれるという話を聞き、先ほどの続きを聞いてみようと思いました。

 「ここが艦長室です」「艦長は今艦内の指導をおこなっていて不在です」説明がありました。

 私の感じている艦長のイメージは、がっしりしていて怖そうなタイプでした。

 艦内を厳しく指導しているという話を聞いて、そのイメージが膨らみました。

 艦内の研修後、艦内食堂に集まり海上自衛隊の魅力を聞いた跡解散になる予定でした。

 護衛艦研修も、終了に近づいてきた時、食堂の空気が急に変わりました。

 ピシッとした空気へ一瞬で変化したのです。「きをつけ」の号令がかかると隊員は、不動の姿勢をとりました。

 私たち学生も座ったまま、姿勢を正します。

 「防大学生研修実施中です」と海上自衛隊の幹部が報告すると、「教育を続けて下さい。話す時間があるかな」と部屋に入ってきた人が話をしました。

 細身でスマートな紳士という感じの幹部でした。

 「艦長、そろそろ終了の時間になります」担当幹部が答えたので、この人があの「勝負は全て勝て」の要望を掲げている艦長だとわかりました。

「少しぐらいいいだろう」と艦長は言い「質問はないかな」と言われたので、「艦長の要望事項は、なぜ、勝負は全て勝てなのでしょうか」と質問しました。

 静かで穏やかな艦長は、「国民は自衛隊に何を期待しているかの問いの答えを考えたかとはありますか。

 自衛隊は国土防衛をおこなう組織であることを考えれば、自衛隊が負けるということは、日本が負けることを意味します。

 自衛隊の後ろには、日本を守るための組織はなく、最後の砦だからです。

 我々は負けることはできないのです。

 それは日頃から作り上げておかなければならない重要なことなので、この言葉を選択しました」艦長は優しく諭すように説明して下さいました。

 リーダーは、強くたくましく声が大きくみんなを先導する力強さが必要であると思っていましたが、その浅はかな考えは吹き飛びました。

 人を動かすリーダーとは何が必要なのか、この日から考えるようになりました。そして、今でも考えています。

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