「私の戦闘技術を陸上自衛隊に伝えることが私の愛国心です」

「私の戦闘技術を陸上自衛隊に伝えることが私の愛国心です」

 

私の戦闘技術を陸上自衛隊に伝えることが私の愛国心です。

-永田イチローさんとの出会いはある時突然に-

 

 

 

永田イチローさんとの出会い

 

連隊長室で「なかなか強くなれないな~」と外を眺めていると3科長のGotooが「永田イチローさんという人が今来て訓練をしていますから、よかったら見に来て下さい」とやってきました。このところ強いと言っている人や強いといわれている部隊を見てもそんなものかと飽き飽きしていましたが、妙に嬉しそうにするGotooを見て屋内訓練場に行くことにしました。窓は全て毛布がかけられていて電球にもビニールでカバーがかけられている部屋に、自分より一回り以上歳の離れている永田イチローさんという人がいました。

 

 

衝撃の左右撃ち

 

M-4の電動ガンとハンドガンのP-226を胸のホルスターに入れています。イチローさんのハンドガンの取り扱いを見た時、「あれ、物凄くて慣れている」と感じました。隊員達は、超真剣にイチローさんのいうことにうなずきながら全身でイチローさんの銃の取り扱い要領を吸い込もうとしているのがわかります。

イチローさんは、M-4を右打ちから簡単に左打ちに切り替えます。(12年前はとんでもない衝撃的な動作です)

 

 

剣術の名人の舞

 

「マズルコントロールはこの程度できないと実戦では使えません」と人を立たせた中で銃口を魔法のようにコントロールしながら射撃動作をとっていきます。

イチローさんは、前方左右、銃口を下げてくるっと後ろに向きを変えて構えて撃つ動作をスムーズに流れるような動きで次々に行います。スムーズな動きですが、素早くぶれがなく実弾を撃っていたらかなりの人数をあっという間に倒している動作です。

訓練を積み重ねて得た本物である永田イチローさんが目の前で、まるで剣の達人が舞うようにして次々に相手を倒していく動きのように銃を取り扱っています。

そして、イチローさんは、隊員達に誇ることもなく優しく銃の取り扱いを教えています。

 

 

心を揺さぶられる言葉

 

感動してイチローさんと話してみたいという衝動に駆られてイチローさんに近づくと、スーと音もない感じで間合いを切られてしまい次の訓練の説明や動作に移ってしまいます。3回ほど試みましたが、意図的に間合いを切られてしまいます。休憩に入るまで待つことにしました。

20分経つとイチローさんが、「陸上自衛隊では50分訓練をしたら、10分休憩をとる珍しいところなので休憩にします」と言い休憩になりました。

この訓練に参加している隊員は、Gotooと私を除き全て陸曹です。「各普通科連隊で隊員に戦闘技術を教えているイチローさんがたまたま小倉に来たので寄ってもらうことができました」と隊員が私にいきさつを教えてくれました。「話したいんだけれどイチローさんに近づけないんだけど」と言うと、隊員達はイチローさんのところへ行き、連隊長が話したいと伝えてくれたようです。

「陸上自衛隊の幹部の人が私と話したいというのは珍しいですね」とイチローさんが近づいてきました。「痺れました」と言うと、イチローさんから「どういうところにですか」と返ってきます。

「本物であり、強い。自分が探し求めていた戦闘技術であり、どんな場面や状況でも柔軟に対応できる実戦においてめっぽう強い戦闘技術であるからです」と答えると「陸上自衛隊の幹部は訓練なんかわからないと思っていたが、こんな人もいるんですな~」とイチローさんは急に人懐っこい感じになり、銃口管理の重要性やハンドガンの弱点強みを見せてくれたり、ローライトコンディションCQBという当時は暗闇で光を出して戦うのはタブーであった常識がひっくり返るような戦闘要領を教えてくれました。

訓練終了後、「イチローさん夕食でもどうですか、酒でも飲みませんか」と誘うと、「できたら、隊員と戦闘技術について話し合うことのできる部屋とコーヒーとかではなく水が飲めるようにできますか」と返ってきました。

「できる限りの時間、戦闘技術について隊員と話をしたいからです」と言います。

「わかりました。お願いします」、「イチローさんはアメリカから毎回自衛隊を教えに日本へきているのですか」と屋内訓練場から出て並んで歩きながら聞いてみると、これから、本気モードで、イチローさんの戦闘技術とスピリッツを学び、40連隊を強くしていこうと決心させる言葉が返ってきました。

「私は今アメリカ国籍ですが、私の戦闘技術を陸上自衛隊に伝えることが私の日本に対する愛国心だからです」

 

ここから、小倉の進撃が始まります。

 

《追記》

永田市郎さんからのコメントです。

>「陸上自衛隊では50分訓練をしたら、10分休憩をとる珍しいところなので休憩にします」と言い休憩になりました。(^o^)たははは、FBI訓練では朝から昼までブットオシでやり、昼食後から夕方、夕食後から夜間訓練へと、中途での休み無くやっていたので・・・途中で水や食べ物がほしくなったら訓練中に各々が立ち食いでしたし・・・これって自然なことだと想うのですがね〜(^^) 50分戦ったら10分休みをいただけるような戦争なんて想定外ですしね〜(^○^) 市

 

<永田市郎さんと訓練を共にして得た経験や学んだ内容を紹介していますので、お楽しみください>
 
永田市郎氏が十数年振りに我が家へ-年齢70オーバー、身体と心は40代-
多くの仲間が集まり、熱く燃え上がったサプライズパーティーとなりました。

ガンハンドリングは武士の作法とレベル判定の基本
ガンハンドリンクの重要性と奥深さを知ることができます。

目標を何処に置くのがいいのか
瞬間風速的に一喜一憂することなく進む方策がわかります。

早く伸びるのがいいのか、成長が遅いタイプはどうなのか
人材育成のポイントや目標に向かって進んでいる時に生じる迷いが無くなります。

 

 

【kindle本が出ました】

『40連隊に戦闘技術の負けはない―どうすれば強くなれるのか!永田市郎と求めた世界標準―』
です。

40連隊に戦闘技術の負けはない: どうすれば強くなれるのか!永田市郎と求めた世界標準
40連隊に戦闘技術の負けはない: どうすれば強くなれるのか!永田市郎と求めた世界標準

 

『40連隊に戦闘技術の負けはない―どうすれば強くなれるのか!永田市郎と求めた世界標準―』
に登場する隊員たちが訓練を通じ若い隊員が成長していく姿には、若い人達や人材育成に関する多くのヒントがあると思います。

人生・仕事への姿勢について、ミリタリーの人に限らず、多くの人達に読んで頂ければと思います。

読み方は自由に、肩肘張らず、気楽に読んでいただき、志を持ったインストラクターと若い隊員たちの記録を堪能して頂ければ幸いです。

 

 

 

【kindle本が出ました】

 

本書は、実戦で強烈な威力を発揮する「スカウト」の戦闘技術に触れた瞬間、根底から意識が変わってしまった隊員たちが、戦場から生き残って帰還するために、寸暇を惜しんで戦闘技術の向上へのめり込む姿を記録したものです。

そして願わくば、ミリタリー関係者だけでなく、日々、現実社会という厳しい戦いの場に生きるビジネスパーソンやこれから社会へ出て行く若い人たちに、読んでいただきたいと思っています。スカウトという生き残り術を身につけることは、必ず日々の生活に役立つと私は信じています。

 

40連隊の見えない戦士達: 自然をまとう「スカウト」戦闘技術
40連隊の見えない戦士達: 自然をまとう「スカウト」戦闘技術

 

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9 Comments


  1. >「陸上自衛隊では50分訓練をしたら、10分休憩をとる珍しいところなので休憩にします」と言い休憩になりました。(^o^)たははは、FBI訓練では朝から昼までブットオシでやり、昼食後から夕方、夕食後から夜間訓練へと、中途での休み無くやっていたので・・・途中で水や食べ物がほしくなったら訓練中に各々が立ち食いでしたし・・・これって自然なことだと想うのですがね〜(^^) 50分戦ったら10分休みをいただけるような戦争なんて想定外ですしね〜(^○^) 市

    1. futamiryu

      永田イチロー様

      大晦日のブログで遂に登場して頂きました。それまでも、ガンハンドリングインストラクターでずーと登場して頂きましたが(笑)。

      先日、イチローさんのブログ(タクティカルライフ)でfutamiryuを紹介して頂き、ありがとうございました。多くの方にfutamiryuを長い時間、訪問して頂きました。

      また、動き始める年になりそうですね。一緒に訓練について語り合えることを楽しみにしています。
      よろしくお願い致します。

                             futamiryu

      携帯電話の電池がなくなるまで熱く語っていた小倉時代を思い出しました。

  2. Mさん

    初めまして。40連の方が「殿」とお呼びしているようでしたので私も「殿」と呼ばせていただきたいのですが、その時期が来るまでまだまだ未熟者でありますので、Futami様にさせていただきます。

    さて、突然ではありますが今回、永田市郎氏のブログから来ました。実は、私はFutami様の陰の信者でありまして・・・・・・Futami様のブログを拝見させていただき、絶望から失ってしまった「闘志」が、再度よみがえってまいりました。Futami様のブログに出会えた喜びをお伝えしたかった事と、私がなぜ「闘志」を失ってしまい、そしてまた「闘志」を甦らせたかを見守っていただきたいとおもいました。一方的にFutami様を尊敬しておりました一隊員のたわごとを、少しづづではありますがここに記していきたいと思います。この文章を打っているだけでも感動で涙がこぼれそうです。

    1. futamiryu

      M様
      私のモチベーションは、Mさんのような人と出会い、共に前に進んでいくことにより、向上します。自分も未熟者でまだまだです。これからもずーと一人前になれるように色々なものを捜し続ける日々だと思います。

      たいがいの事は、何とかなります。
      気を付けることは、自分がしぼんでしまう事です。

      ブログが役に立てば光栄です。

                        futamiryu

  3. M

    先日ブログ上でご挨拶申し上げましたMです。永田市郎氏のブログにも紹介され、少々赤面であります。
    さて、「闘志」が復活した理由をFutami様に知っていただきたく・・・・・・
    私は、国際貢献活動・海外出張、共同演習等の経験から他国の軍隊と自衛隊を比較できるようになりました。自衛隊の中途半端な訓練と、中途半端な訓練を正当化する「理屈」に対し「こりゃまずいぞ」と思っていた頃、再度国際貢献活動派遣となりました。情勢が不安定な時期と地域での少人数での国際貢献活動です。現場に到着し自分が明らかに「訓練不足」であると認識しました。何度も「背中がぞくっとする」経験をし、「訓練しなければ・・・・」と考えるようになりました。優秀な派遣隊長(現某連隊の連隊長。彼から「玄米を食べろ」とよく言われていました。)のおかげで無事帰国後すぐに「実戦的訓練」に関する勉強と自分自身の訓練が始まりました。銃器雑誌や戦闘に関する本を読み漁り、エアガンでガンハンドリングとCQM・CQBの訓練をしました。そしてSATマガジンが発刊され、いろいろなことを学べるようになっていきます。いろいろなところから資料も集まり、我が隊でも「ガンハンドリング」の訓練を始めます。隊の教官を命ぜられた私は、勉強やエアガンで訓練していたことを教えようとがんばりました。面白い訓練になっていきました。長い木の棒で突っつきあっていた連中は面白くありません。こんな話を直接されます。「教範にないことを教えていいのか?」「我々棒突訓練は長い伝統があり、陸自が公式に認めている。」現在の戦闘環境も将来の作戦環境もまったく無視のこの言葉にショックを受け、隊での「ガンハンドリング」訓練を止めました。その頃SATマガジンでFutami様を知ることになります。「小倉の熱い夏」で紹介されたFutami様を「もしかしたら話の分かる人なのかな」ぐらいに思っていました。ある時Futami様伝説をある連隊の訓練で知ることになりました。某連隊の「市街地戦闘訓練普及教育」に参加しました。その普及訓練は、彼らがアメリカ軍とアメリカのフォトグラファーで射撃とCQBの名手そして優秀な訓練コーディネーターから学んだ技術を普及する訓練でした。エアガンでの訓練の有効性が実証されたというデータに基づく公表があったり、非常に興味深い内容ばかりでした。資料の中に、Futami様がエアガンで訓練していることを推奨して非難されていること、その連隊が40連隊にCQM・CQBの技術を教わりに行くことになったかのいきさつ、40連隊の陸士数人にその連隊の市街地戦闘の熟練者が全滅させられたこと、最終的には訓練の方法やエアガン訓練の有効性についてFutami様が正しかったこと、アメリカのフォトグラファーに教えてもらいどのようにガンハンドリングを体にしみこませるかなど、いろいろ紹介されていました。効果的な訓練をするために非難され苦労している人が偉い人にもいる。このことを知りもっと自分も頑張らなくてはと思いました。その後すぐ、「新設ごますりポスト要員」として転属しました。そこではゴルフをしなければこのポストは務まらないといわれました。日本酒の銘柄を覚えろとも・・・・。その返答として「我々がやるべきことは、打った球を笑いながら追いかけることではなく、敵に弾をぶち込むことじゃないですか!あなた方は撃たれる必要がある種類の方々ですね。」と発言してしまったことにより、すぐ首になってしまいました。Futami様が勤務していた駐屯地でほとぼりが冷めるまで勤務し、一線に戻りました。昔のように効果的な訓練に対する情熱を、首になり左遷されて「人を恨む」ようになってしまいすっかりわすれてしまっていました。しかし数か月前に「某国の射撃競技会の要員選抜射撃にエントリーしないか」という話がありました。年齢制限でオーバーしていましたが、国際貢献活動時のインターコンティンジェントシューティングコンペティションに優勝していることもあり、チャレンジしてみました。エアガンでの訓練はここでも生かされ、1次選抜に入れる結果・順位(師団内89Rで2位)を出しました。しかし、やはり年齢のせいなのか選抜されませんでした。「来年やってやる!」訓練の目標ができました。久しぶりにやる気がでできました。勉強したくなりました。いろいろな本を読み効果的な訓練をして「知識は、能力とならねばならない。」を実践しようと思うようにまたなりました。Futami様のように正しいことのために頑張る偉い人を思い出しました。そして、アメリカのフォトグラファーで射撃の名手のように自分をもっともっと鍛えなければならないと再度決意しました。Futami様のブログと、いつも心の支えになっている永田市郎氏のブログに感謝します。「兵士の仕事は、訓練をすることである。」Mより

    1. futamiryu

      M様

      熱い心と行動を知り胸が熱くなる思いです。

      階級社会で、新たな事をするには、階級を上げるか、仲間を作る必要があります。自己保身のために下手をすると、潰されてしまいます。
      ハッキリ、気持ちよく反論してしまうと上司の反感を買ってしまい痛い目にもあいます。

      特に、陸曹や3佐ぐらいまでは厳しい環境といえます。

      連隊長の時、上司の師団長に訓練について丁寧に説明にいったり、1カ月に一回のペースで駐屯地に来て頂いて師団長に訓練を見て頂いていました。方面総監や陸幕長にも訓練を見て頂き理解を得て思い切って訓練を進めていきました。
      自分の仕事は、訓練を進める環境を作り続けることであると思い日々行動しました。
      師団内の連隊長にも仲間になってもらいながら、方面、そして全国に仲間を増やす努力をして、大きなうねりを作り上げていくことを常に意識しました。

      仲間を上手く作りながら、こうするともっとよくなりますと上司の理解を得ながら少しずつ、進めていくやり方も有効です。
      仲間と理解を得る丁寧、かつ、巧妙な方法で焦らず進めていくうちに、理解のあるメンバーや上司に出会う事ができます。その間力をしっかり付けていくことが大切となります。

      人生は、必ず切り札を切ってくれます。

      心をしっかり持って、これも試練と楽しんで下さい。

                     futamiryu

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