コンバットメディックに一石を投じた照井資規氏の著書『戦闘外傷救護』

コンバットメディックに一石を投じた照井資規氏の著書『戦闘外傷救護』

 

 

40連隊での照井氏の活躍

 

照井氏との最初の出会いは連隊長の時でした。当時陸曹だった照井氏から、40連隊の隊員へ銃の取り扱い、弾丸の特性に関して講習を依頼するほどの高いレベルの男でした。なぜならば、銃、弾薬に関する豊富な知識と狩猟の経験があるとともに、全体を掴む視点を持ち、論理的な思考と人を引き付ける話術の持ち主だったからです。
私は、照井氏に幹部候補生の試験は間違いなく通るレベルなので、幹部になって普通科を牽引していってほしいと、照井氏が北海道から小倉へ来るたびに話しました。

弾頭の形状、弾頭を覆う金属の種類による破壊力の違い、装薬による弾丸威力と弾道の特性の知識を有する照井氏のような隊員は、陸上自衛隊には私の知るところみたことがありませんでした。

幹部を含む40連隊の隊員は、永田市郎氏の訓練の合間に行う、当時陸曹だった照井氏の話に引き込まれました。自衛隊内では聞くことのできない話だったからです。このような照井氏が幹部になり、40連隊で勤務してくれたら、さらにリアリティーある訓練を進めることができると考えていました。

 

 

リアリティーのない時代

 

現在、衛生職種の研究が進んでコンバットメディックが確立してきましたが、当時の戦闘訓練では、負傷者の運搬や骨折した部位の固定などが中心の訓練内容でした。

撃たれた部位が、拳銃、小銃に弾丸によってどのような状態になるのか、7.62㎜小銃と5.56小銃で撃たれた部位はどのようになるか隊員は知りません。この状態が、衛生の訓練をよりリアリティーのないものにしてしまいます。

撃たれても、映画の戦争場面の負傷したイメージになるのではないかと漠然と思っていただけでした。

おかしいなと感じたのは、アフガニスタンから帰ってきた日赤の医師から話を聞いた時でした。「腕を撃たれると7.62㎜の弾では弾のパンチ力によって、骨折した骨が飛び出るが治療ができますが、5.56㎜の弾は酷い怪我を負わせて治療ができない状態になるのですが、どうしてですか」と聞かれたからです。

「弾が肉体の中で、縦方向に回転して、損傷部分が大きく筋組織を破壊してしまうので治療ができない状態になります」と医師は話してくれました。

もしかしたら、今まで見ていた戦争映画とは全く異なる、想像を超えた状態の怪我になるのではないかと思いました。

次第に、コンバットメディックの情報がアメリカを中心に入り始めると、日赤の医師の言った通りであることがわかってきました。

ちょうど、陸上自衛隊の衛生職種も、リアリティーある状況に対応する方向へ、舵を切ろうと動き始めたところでした。

 

 

衛生の道を歩み始めた照井氏

 

銃の取り扱い、弾薬について高いレベルを保有している照井氏は、当然、第一線の戦闘部隊を希望すると考えていました。
幹部候補生の試験に合格した照井が、普通科の幹部になり40連隊に来てくれることを楽しみにしていました。

しかし、彼は、衛生職種を希望したのです。

第一線部隊の戦闘の実態を知り、銃と弾薬に関する高い知識度技術を保有している照井氏は、戦闘で負傷した隊員の命を助ける道を選んだのです。

 

 

イラストでまなぶ!戦闘外傷救護 -COMBAT FIRST AID-
イラストでまなぶ!戦闘外傷救護 -COMBAT FIRST AID-

 

 

陸自にコンバットメディックの扉を開く

 

陸上自衛隊が、コンバットメディックの方向へ進もうとしていた頃、照井氏は、最先端のコンバットメディックを自ら学びとり、広げていく努力をしました。

しかし、陸上自衛隊のコンバットメディックにとって、照井氏の登場は、早すぎたのかもしれません。富士学校で普通科のコンバットメディックを広げる活躍をしたものの、最終的には陸上自衛隊を去ることになりました。

陸上自衛隊で手放してはいけない人物だと考えていた私は、大きなショックでした。陸上自衛隊の損失ではないかと。

退職後、粘り強く、努力家の照井氏は、活動を継続しながらさらに実力を身につけ、今回の著書が発刊されました。

照井氏の魂の著書です。

 

 

 

【kindle本が出ました】

 

本書は、実戦で強烈な威力を発揮する「スカウト」の戦闘技術に触れた瞬間、根底から意識が変わってしまった隊員たちが、戦場から生き残って帰還するために、寸暇を惜しんで戦闘技術の向上へのめり込む姿を記録したものです。

そして願わくば、ミリタリー関係者だけでなく、日々、現実社会という厳しい戦いの場に生きるビジネスパーソンやこれから社会へ出て行く若い人たちに、読んでいただきたいと思っています。スカウトという生き残り術を身につけることは、必ず日々の生活に役立つと私は信じています。

 

40連隊の見えない戦士達: 自然をまとう「スカウト」戦闘技術
40連隊の見えない戦士達: 自然をまとう「スカウト」戦闘技術

 

 

 

 

『40連隊に戦闘技術の負けはない―どうすれば強くなれるのか!永田市郎と求めた世界標準―』
に登場する隊員たちが訓練を通じ成長していく姿は、若い人達に限らず、人材育成全般にも多くのヒントがあると思います。

人生・仕事への姿勢について、ミリタリーの人に限らず、多くの人達に読んで頂ければと思います。志を持ったインストラクターと若い隊員たちの記録を堪能して頂ければ幸いです。

 

40連隊に戦闘技術の負けはない: どうすれば強くなれるのか!永田市郎と求めた世界標準
40連隊に戦闘技術の負けはない: どうすれば強くなれるのか!永田市郎と求めた世界標準

 

 

 

 

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2 Comments

  1. 照井資規

    私は北海道勤務時代 大口径ライフル射撃の選手となり銃弾や長距離射撃の研究をしました。世界は狙撃戦法の研究に熱心であり、AASAMでもよく知られるように一般兵士が持つ制式小銃ですら有効射程が450mから700mまで伸びるようになりました。
    また、蝦夷鹿や樋熊などの大型獣の銃猟をしているうちに銃創の恐ろしさを実際に解体をしながら目の当たりにしてきました。
    元々は父親の所有する原野の有害駆除から始めた銃猟でしたが、現代の狙撃戦法に相通じるものがある一方で、
    銃創の救命には真剣に取り組む必要があることを痛感しました。
    当時の陸自の個人携行救急品は「軍用犬以下」と痛烈な批判を受けるほど、救急包帯小型が2個だけでした。その一方で、米軍は防ぎえた戦闘死の救命率を96%以上と大きく進歩させていきました。陸自の救急法検定がまだ止血帯の使用法のみであるならば、防ぎえた戦闘死の救命率は4%です。詳しくはこの本の26ページにある表を参照してください。
    この差を埋めるために私は衛生科の幹部になり富士学校の研究員勤務中に陸幕事業としてアメリカでの国際標準戦闘外傷救護・初療指導員養成教育を受けました。帰国して衛生学校主任教官と一緒に制作したものが全国の部隊に配布された「第一線救護ハンドブック(参考)」です。しかし、私が衛生学校に異動した時に「第一線救護ハンドブック(参考)」の正規教範化事業は私の自衛隊人生と伴に終焉を迎えることになりました。主任教官が退職した約一年後、私は衛生学校勤務を最後に陸上自衛隊を退職しました。
    退職後の私は世界各地で総合的救命講習を開催することで、海外で勤務している日本人の命を守り、その国際的評価を向上する活動を通じて日本の平和と安全に貢献しようと努めています。こうした国防の方法もあるもので、昨年9月より始めたその活動は世界13か国、在外邦人834名 現地国人68名に達しました。医科大学の非常勤講師にもなり、医学部の3年生4年生に教育しています。自衛隊在職中に実現できなかった教科書は一般書籍として刊行され、自衛官、警察官はもちろんのこと世界中の日本大使館で読まれ、6月に重版、さらに外国語への翻訳も始まりました。特に自衛官は週末に開催される戦闘外傷救護コースにてこの教科書の内容について学び、その余白にびっしりと書き込みをされています。http://www.tacmeda.com/schedule.html
    私の人生の目的は防ぎえた死からの救命について普及することであり、それは自衛隊と日本国の中に留まらなかったということです。

    1. futamiryu

      照井様

      コメントありがとうございます。
      現在の精力的な活動頼もしく感じています。
      これからも、機会があればコメントをお願い致します。

      本物を求める人が必要となる時代です。
      これからの活躍を応援いたします。

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