初詣は、高尾山薬王院へ高校の同級生といくのが毎年の恒例です。薬王院のご本尊の飯縄大権現は、天狗として信仰されています。高尾山の天狗の顔を描いた「うちわ」は有名で多くの人が薬王院で購入し下山していきます。
都内で近場のパワースポットとして人気が高まり、年々人が増えています。今年は、今まで並ばずに乗れたリフトが10分待ちの状態になったほどです。(多くの人はケーブルカーを利用するため、リフトは狙い目だったのですが)
御祈祷の申し込みをしたら、間髪入れず本堂の周りにある各神社を素早くお参りします。そして、本堂へご祈祷30分前に入ると太鼓のある最前列に場所が確保する。これが毎年の私たちのパターンです。ご祈祷の時間になると修験者がほら貝を吹きながら入場してきます。
この時、メンバーと顔を見合わせてしまいました。
修験者の人数がいつもの2倍近くいるからです。ほら貝も、いつもの倍の人が吹いているので、太鼓の音ともに、大音量で響き渡ります。数は力とよく言われますが、多くの修験者が着座する位置に着いた光景は、迫力がありました。
2~3年前、ご祈祷のために修験者が着座する場所よりも後ろに位置していた女性の修験者が、今年はご祈祷を行う正規の場所に2名着座していました。格か、位が上がったのでしょう。そして、若いフレッシュな修験者が増えていました。なんだか、年月の経過というものを感じました。
ご祈祷は30分おこなわれます。この間、正座をします。毎年、ご祈祷の間、心の中に沸き出たことに思いをはせることにしています。今年は、どうかなと思っていると、凄いお題が出てきたのです。ふっと浮かんだものは、『幸せとは』だったからです。毎年、お題については、型にはめず自由に思考することにしています。
..出世すること、金持ちになること、人気者になること、女性にもてること、など色々あるけれども、それは願望であってそれ自体が幸せであるとは言えないな...平凡が事足りていて幸せなのかもしれない...幸せと感じる心があれば、いっぱい幸せだと思うことができる...それはそうなんだけど...もしかしたら、日本の伝統や子孫をつなげていくこと、当たり前のことを当たり前にしていけることなのかな...
自問を続けていると、「ご祈祷の終了致します」と退出の案内が入り、思考はここまでとなりました。周りを見ると、正座で頑張っていたメンバーが立ち上がれずに、反省猿のようなポーズをしています。年々そのポーズをとる時間が長くなっている気がします。
ご祈祷が終われば、お清めをしなければなりません。今年の清酒『高尾山』をネズミの描かれた枡に並々注いでもらった日本酒をごくっと飲む。ここから新年のスタートです。1杯目は生ビールを飲むような感じでなくってしまいました。勿論おかわりです。
帰りのリフトを降りるとすぐにソバ屋へ直行です。まず、メンバー全員で日本酒で乾杯です。楽しい会話に思わず笑いが出てしまいます。勿論日本酒おかわりです。
...もしかしたら、これは幸せなのかな...とふっと思いましたが、すぐに楽しい会話の中に飛び込んでしまいました。
【次のブログも参考にお楽しみ下さい】
二見龍レポート#6 実戦と戦場-元米陸軍大尉飯柴智亮との対談- Part.2
二見龍レポート#6 実戦と戦場-元米陸軍大尉飯柴智亮との対談- Part.1