40連隊vsサバゲ―チームとのサバゲ―対決の九州代表メンバー:喜多長との再会

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40連隊対抗部隊-喜多長-

 

連隊長時代、永田市郎氏が来日され、小倉で熱い訓練指導を行う時に、必ず参加して訓練支援をしていた男がいました。彼は、『北朝(きたちょう)』と呼ばれていました。北朝鮮軍の軍服でAK47の電動ガンを保持して対抗部隊を演じていたからです。
また、厚生活動として休日行った40連隊vs九州サバゲ―チームとの対抗戦にも参加し、隊員と腕を競った凄腕の男でもあります。
「第二の故郷は、小倉です」と言い切るほど、当時支援に来てもらいました。当時、永田市郎氏が、「連隊長、北朝(きたちょう)の車のトランクの中を見て下さい」というので、駐車場へ3人で歩いていき、トランクを開けた瞬間、1個分隊クラスが戦闘できるほどの各種アサルトライフル、狙撃銃、ハンドガンで武器庫の様になっていました。トランクの中に北朝鮮軍の服装が入っていました。
「いつも北朝鮮の兵士役をやってもらっているので、彼は北朝(きたちょう)と呼ばれているのです」と名前の由来を話してくれました。「熱い男です」と市郎氏があえて付け加えました。北朝(きたちょう)さんは、永田氏が認めるほどの熱いハートの持ち主でもありました。

北朝(きたちょう)さんから、「家はこのようなものを作っています」と軽羹を頂き、食べた時の美味さの記憶が強烈で、トランクの中よりも、軽羹の美味さに驚いたことを覚えています。味がどこまでも純粋で、余計の混じり物を感じなかったからです。このお店は凄いと感じました。

 

 

薩摩菓子所 富久屋

 

彼は人間的な成長とともに、『北朝(きたちょう)』という名前は、『喜多長(きたちょう)』へと変化していきました。 『喜多長(きたちょう)』は、長く多くの人達に楽しんでもらうという意味に成長したと私は理解しています。それは、彼(北村氏)は、鹿児島県鹿屋市で薩摩菓子所「富久屋」の社長という本来の顔が大きく影響していると感じます。
誠実に作り上げた軽羹(かるかん)の味が認識され、全国名店が参加するデパートでの催し物「九州物産会」などの常連となり、日本全国で銘菓を紹介されています。
今回、久しぶりの東京での催しのため、雄姿を見に行くことにしました。あいにくコロナのため、マスクはとれず、握手もできない状態ですが、会うたびに輝きを増す人柄はさすがだと感じました。餡入りの丸い形の軽羹は一度食べるとまた食べたくなります。餡の入っていない、四角い軽羹は、生地の美味さが光り、流石「富久屋」を感じます。


池袋東武デパート催し物会場 薩摩菓子所「富久屋」前にて

薩摩菓子所「富久屋」の軽羹(かるかん)は、薩摩の天然の山芋のみを使用しています。山芋を摺ったものと石臼で挽いた軽羹粉を先祖伝来の手法(160年)ですり合わせて蒸しています。明治神宮献上銘菓でもあります。
今度は、九州小倉での再会を約束しました。

 

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